だらだらよもぎ月記

日々のことを真面目にだらだらと書いてみます。

努力に見返りを求めることの愚かさ

よく勘違いしている人がいる。


「努力したのに、報われない」と。

「頑張ったのに、結果がでない」と。


本当に、そうでしょうか。

努力したら報われる?

頑張ったら結果が出せる?


答えはどちらも「否」。


努力して無条件に報われるなんて、誰が決めたのか。

頑張ったから結果が出せるなら、皆が金メダリストでしょう。


頑張っても報われない。結果も伴わない。

努力しても、報われない。結果も伴わない。それが当たり前だってことを自覚するべき。


努力からは学ぶものだ。

頑張ることからは学ぶものだ。

どちらも結果を出してこその努力であり頑張りである。


ただ、結果を毎回出せるとは限らない。

だからこそ、努力や頑張りからは「学ぶ」ことが出来なければ、

いつまで経っても努力は「報われない」し、

頑張っても結果は「出せない」のだ。

自死についての日記

先日、自死についての記事を載せた。


どうにもその記事に腹を立てた方がいたようで、色々と書かれていた。

健常者の上から目線というニュアンスの指摘があったので、少し違和感を覚えたため、記しておきたい。


はじめに、死にたきゃ死ねばいいとは思わない。

なので、「精一杯生きたんだから」という感情は私は持っていない。

むしろ、自死は病気だと思っている。

自らの命を奪う病気。


だから、その病気で精一杯なんて思わないし、生きてさえいれば、と思う。


日記に書いた友人の親御さんは、何でこんな病気があるのかと涙されていた。

自死した人間が精一杯生きたとは思わないし、親不孝の極みだとすら私は思う。


自死した人間が精一杯生きたんだから非難するなというお叱りもあったが、それこそ自己満足だろう。

死んだ当人だけが満足している。

否、不満の中で死を選んだのかも知れない。


どうせ人間の致死率は100%。

早いか遅いかってだけのこと。


それだったら、生きるだけ生きてみるのは悪くないんじゃなかろうか。

ただ、そう思うだけなのである。


生きてりゃ良いことも悪いこともある。

自分に甘えれば、どこまででも甘えられる。

それで死を選ぶなら好きにしたらいい。


ただ、世の中には、それでも歯をくいしばって生きている人たちもいるってことを知っておいてもらいたい。

仕事に一日だけ出て休んでも生きていける甘えた人たちもいるだろうが、そんなもんじゃないって厳しさを知ってから物を言ってもらいたいと思う。

相撲協会は猛省すべし

貴乃花親方の件で、というだけではなく、もはや「大相撲」というジャンル自体の存在のあり方が問われている。


貴乃花親方の退職について、なぜ「待った」の声が角界からあがらないのか。

それでいいのか?とすら思う。


八百長問題も然り、暴力問題も然り。


大相撲の運営を担う立場の連中は、放っておいても自分たちが食いっぱぐれることはないと胡座をかいている気がする。


そうした問題の流れがあっての、今回の騒動。

貴乃花親方がいなくなれば、それで済む話ではなかろう。


むしろ、声のあがらぬ事を恥だと思うべきである。

そうした意識すらないのだろうが、この様な体質であれば、私は大相撲なんて潰れてしまえ、と思う。