だらだらよもぎ月記

日々のことを真面目にだらだらと書いてみます。

不正を暴くXデーは

知人の裁判に進展があったとのことで、話を聞いた。


被告議員サイドは、あくまでも「謝罪」を盛り込むことが和解条件だと言っているらしい。


いきなりの叱責で解雇を口にして、未払いの残業代など不正行為もなかったかのような主張をする被告が新聞記事を載せられたことに腹をたてていて、メンツがあるから謝罪を要求しているようなものだろう。


被害者が和解のために謝罪する必要などない。

土下座してでも謝るのは、被告の方だろう。


和解なんてするべきじゃないよ、と伝えた。


これから先、和解交渉が進まなければ、彼の味方である人が証言に立つらしい。

証言のみならず、録音などが別にあるらしいので、法廷で被告の発言内容などが白日の下にさらされることだろう。

色々と際どい内容もあるので、録音って身を守るなぁと思う。

ブラックな職場だからこそ仕事のために録音していたのが、身を守ることになるんだから皮肉だけれども。


あとは、地元で色々と噂が流れ始めたこと。

日頃から、横暴なことをしていると、こういう時にはよくわかる。

ああ、この人は人望無いんだなって。


知り合いの職員からも話を聞くが、ろくでもない話が多い。

まあ、年貢の納め時って、あるだろう。


当の本人は、体力の衰えも感じていることだろうし、次の選挙は出られないんじゃないか。

娘さんが出るのかねって地元の話。

まあ、出たとしても、間違いなく、得票数は下がるだろう。

和解に謝罪を要求してきたって知ったら、多くの人は驚くだろうし。


このまま裁判に時間がかかって、選挙前のちょうど良い時期に判決が出るなら、その方がいいって伝えておいたけど、どうなることやら。


Xデーが待ち遠しい。

自死について

都会では自殺する若者が増えている。


井上陽水さんの「傘がない」のフレーズである。


自殺する人には、いろいろな思いが重なって、自ら命を絶つに至る人もあれば、衝動的に死に踏み込む人もいる。


でも、考えてほしい。


いつかは死ぬんですから。

どうやっても。


私は思う。

それなら、いつか死ぬ日まで生きてやろうじゃないかって。


それこそが、生きることの業を背負った人間の宿命だと思う。

死ぬために生きること。


生きてきたうちでしか知らない世界なのに、さも全ての世界を知ったかのような思い上がりは、すぐに死のうとする。

いや、それを否定はしないけれども、

世界がそこまでしか広がっていないわけで、もったいないよなぁと私が勝手に思うだけ。


世界が広がることは、自分の限界を知ることになる。

それからでも、遅くない。


生きている限り広がり続ける世界があるのだから、生きるだけ生き抜けば、あとは好きも嫌いもなく、勝手に殺してもらえる。

人間とは、かくもありがたい。


だからこそ、途中で死のうとするなんてのは、思い上がりだって思う。

どうせなら、一人で生き抜いて、誰も悲しませないほどに長生きして死になさい。


若いうちに死を選ぶってのは、必ず一人くらいは悲しむ人が出てしまう。

それは、身勝手だ。

てめえの命だからって、こっちの人生にとっては、お前が自殺するってことは大問題だってのに。

見ず知らずでも、ブログでしか知らなくても、同じこと。


思い上がるなよ。


10数年前に自殺した友人がいる。

ちょうど、この時期だった。


彼は「病気」だった。

それは「命を奪う病気」。

そう言って彼の母親は涙し、嗚咽へかわった。


くそったれ。

自分一人で死んだら終わりだなんて、思うなよ。


てめえ一人の命は、てめえ一人だけのもんじゃねえっての。


生きていりゃあ、恋人もできて、そいつと喧嘩してでも、全力でぶつかり合って、生きていく、生き抜いていく。

そういうもんだろが。


だからさ、生き抜いてみろや。

くそったれ。

温泉にタオル

テレビ番組などで、温泉に入浴するシーンが流れる。

その際、「許可を得てタオルを着用しています」などとテロップが入る。


でも、私の場合、気になるのは、ソコじゃない。


タオルが濡れていない出演者が、タオル着用のまま温泉に入る場合、

きちんと「洗ったのか?」ということ。


それが一番気になる。


かけ湯をしてKARAだの汚れを洗い流してから、新しいタオルに付け替えているのだろうか。

とても気になる。